2026/06/24 19:45

自分の声を聞きたい。そう思ったとき、わたしは何か特別なことをしなきゃと思っていました。旅に出る。自然の中へ行く。一日予定を空ける。ような方法を。けれど実際には、自分の声はもっと日常の中で聞こえてくるものなのかもしれない。と、思ったとき、必要なのは、たくさんの時間ではなく、少しの静けさかも。だから最近、「静けさを置く」という感覚を大切にしています。
たとえば、朝の白湯やコーヒーを飲む数分。窓を開けて風を感じる時間。お気に入りの香りをひと吹きする瞬間。一日の中にほんの少しだけ余白をつくる。すると、不思議と気持ちが落ち着いてきます。私たちの毎日は、たくさんの情報であふれています。スマートフォンを開けば次々とニュースやSNSが流れてきて、仕事や家事、人とのやり取りの中でも、常に何かを考えています。だから、静かにしているつもりでも、頭の中は案外にぎやかだったりして。そんな状態では、自分の小さな声は聞こえにくくなります。
火曜日の記事で「本音は大きな声ではやって来ない」と書きました。本音は、ささやくような声です。だから、その声に気づくためには、自分の周りの音量を少しだけ下げてあげることも必要かな。と。とはいえ、完全に静かな環境をつくる必要もなく。むしろ大切なのは、日常の中に「何もしない瞬間」を持つこと。
香りを吸い込む。
お茶を飲む。
空を眺める。
深呼吸をする。
そんな何気ない時間の中で、私たちの感覚は少しずつ戻っていくものなのかも。
私自身、昔から答えが欲しいときほど、考え続けてしまうくせがあります。でも不思議なことに、本当に必要な気づきは考えている最中ではなく、散歩中やお風呂の中、香りを楽しんでいる時など、日常のふと力が抜けた瞬間にやってくることが多いことに気がつきました。きっとそれは、頭の声が静かになったからなのかな。心の声が聞こえる余白ができたからなのかな。
自分の声を聞くことは、自分を変えることでもなく。何か新しい答えを見つけることでもない。今の自分が何を感じているのか。何を心地よいと思っているのか。それを思い出していくこと。そのために必要なのは、たくさんの時間ではなく、ほんの少しの静けさ。今日、5分でもいい。ひとりの時間に、少しだけ静けさを置いてみようかなと思います。その静けさの中に、今のじぶんに必要な声がそっと隠れているかもしれないから。
SHINCOQ
暮らしに、深呼吸を
